脱体育会系とハイブリッド化~真のプレイヤーファーストのために~

脱体育会系とハイブリッド化
~真のプレイヤーファーストのために~

令和元年12月28日

はじめに
ラグビーワールドカップの成功や東京オリンピック開催を控えるなど大きなスポーツイベントが開催される度にスポーツへの注目度が高まり、改めてスポーツが世間へ与える影響力の大きさを感じます。
しかし同時に、アメフトタックル問題や各パワハラ問題、団体の私物化など、昨今の事件や不祥事によってスポーツの負のイメージも世間に植え付けています。そういった物は探し出せば枚挙にいとまがありません。
本来の日本は武士道精神など精神性を培ってきたはずであり、先進国でもある我が国は他国の見本となるべきです。そのためには、変革、改革の時にあります。そしてそれは、真のプレイヤーファーストを理解することでもあります。

日本の特色
日本のアスリートの環境は、監督をトップとした先輩後輩関係からなる階層構造にあります。いわゆる体育会系です。体育会系の良さはチームが団結しやすく、統制を取りやすいことです。
また日本人の特色として、他人の言うことを聞くことができる頭のよさや基本に忠実であることがあげられます。総じて全体的に競技レベルが高いのです。

ジュニア世代
日本のジュニア世代が世界で成績を残しているのも、指揮官の指示を受け入れられるだけの教育レベルがあります。若年層ながらも基礎があり、同世代で比較すると高いレベルで目的を遂行できるため、ジュニア世代はよい成績を残せるのです。
では、世界の同世代のアスリートに目を向けてみましょう。もちろんお国柄もありますが、個人が尊重される風土では、”本人のやりたいこと”が尊重されます。チームスポーツでは、チームが優先されることもありますが、基本的には本人がやりたくないことはやらせません。
ヒエラルキーで押し付けられた価値観ではなく、自分のやりたいことをとことん突き詰める、内発的動機付けが働いています。
誰にも真似できないような投法の投手を見ることもあるでしょう。バラエティーに富んだアスリートが多く観られます。
ただし、ジュニア世代ではまだまだ未完成であり、高い次元でゲームを俯瞰するだけの視野もありません。

日本ジュニア世代の強さの理由
このようなジュニア世代の状況を比べたとき、基本に忠実で指揮官の指示を実直に受け入れられる日本人と、個人がやりたいことを突き詰めて未完成のチームでは、日本の特性が強く有利に働くのは目に見えるでしょう。それが日本人のジュニア世代が強く結果を残せている大きな理由の一つなのです。

体育会系とは
では体育会系について考えていきます。
初めの競技種目の選択こそ内発的動機付けで選んでいますが、入部、入団などの“通過儀礼”が過ぎると、個人よりも組織が優先されてしまいます。団体責任という言葉で個人を縛り付けます。(見方を変えると縛り付けることができます。)
先輩の言うことが絶対であり、個人の意志よりも優先されます。先輩が絶対であり、先輩の先輩が絶対であり、、、監督が絶対であり、その上の監督が絶対となります。一番上の監督をトップとしたヒエラルキーです。
団体としての目的遂行のためにはとても出来上がったシステムと言えるかもしれません。ガチガチの体育会系では、思考の隙を与えません。組織だった社会にとってはとても使い勝手のいい人材のできあがりです。「先輩に言われたから」で終いで、盲目的に遂行できる人材を作り上げてくことも可能です。体育会系の人が重宝されるのはこのような理由からでしょう。ただし、あくまでも上の人にとって都合がよいだけです。誰も考えたことのないような新たなサービスを創造できるかと問われれば疑問符が付くのではないでしょうか。
百歩譲ってトップがいい人ならいいですが、勝つためなら手段を選ばずとなると、アメフトタックル問題のようなことが起きます。これは全く持って相手への尊重が欠けています。極端な言い方をすれば不戦勝でも勝てばいいという考え方です。他人を尊重できない人は、今の時代はアウトです。
そして何より問題なのは、優秀なトップを失った瞬間、思考力のない組織は崩壊してしまうということです。
体育会系とはわかりやすく言うと軍隊方式であり、末端の兵隊は考えずに作戦を遂行しろというものです。軍隊であれば作戦遂行が絶対かもしれませんが、これは、超エリートが作戦を練るから有効だと考えることもできます。
そしてまた、現代における最新の特殊部隊はこの軍隊方式とは真逆です。末端に権利が与えられ、とてもクリエイティブです。もちろん超優秀な作戦指揮者がいますが、行動しやすいように万全なバックアップ体制を整えるのが部隊の役割に変わっているのです。軍隊方式という考え方も、産めよ増やせよという数の論理というもう何世代も前の古い考え方なのです。今は一つでも犠牲を出さずに作戦を遂行するためにクリエイティブに頭を使うことが求められることなのです。チームのための自己犠牲を強いるという考え方は今すぐ止めた方がよいでしょう。

世界のオーバーエイジ
世界のアスリートがジュニア世代のときにはやりたいことをやりたいようにやることで生まれるものが創造性、クリエイティブです。そしてオーバーエイジになると、チーム全体を俯瞰できるだけの視野も広がり、個と個の創造性がチームの勝利へ向かって融合し、ドリームチームが出来上がっていきます。
このクリエイティブな状態の相手には、指示待ちの状態では勝つことができません。クリエイティブな状態がその場その場の状況で一瞬にして閃いているのに対し、指示待ちの状態では常に何かしらの判断が入るためです。つまり思考パターン自体が遅いのです。“クリエイティブ(ゾーン状態)”対“思考しながら”では勝ち目がないのです。
もしかしたらゲームの点差こそないかもしれませんが、マインドの差として見た時には、一目瞭然、とてつもない差なのです。

ハイブリッド化
日本人の特性は、先にも書いた通り“とても賢い”ということです。指導者の言うことを理解して遂行する能力があります。これはとても凄いことであり、武器なのです。
技術力が高くても、自分勝手にやりたいようにやっていてはチームスポーツでは使い物になりません。監督と大喧嘩をする海外選手の話を聞いたことがあると思います。自分のポリシーを貫き通すという点では美徳かもしれません。しかし、プロアスリートとして見た場合、特異なケースもあるかもしれませんがチームとして勝利するための作戦を遂行できなければプロ失格でしょう。
話が逸れますが、自分だけのためにプレーするのはアマチュアです。プロとはより多くの人から期待される役割であり、同時にそれを包摂するだけの大きなゴールを持っているはずなのです。羽生結弦選手を例にすれば、「東北の人を喜ばせる」です。
このように、指揮官の言うこと理解して遂行できる地頭の良さ自体が、日本人のとても大きな能力であり武器なのです。作戦の理解とその役割を理解できる能力があるのです。
ですからここに、“枠から外れたクリエイティブさ”が加わって融合するだけで、とんでもないパフォーマンスの高いチームが生まれてしまうのです。
指揮官レベルで理解できる地頭の良さに“創造性”を融合させていくことが、日本人の特性を生かしたハイブリッド化です。

指導者の役割
創造性、クリエイティブを育んでいくことは、できないことではありません。それは押し付けるのでなく、解放させることです。
体育会系的な一つの価値観に抑え込むような外発的動機付けの指導方法では解放できません。チャラチャラしていても目立っていてもいいのです。世界の大舞台で自己主張できるようになるにはそのくらいが丁度いいのです。出る杭を打つのではなく、“出る杭は伸ばす”のです。今まで枠組みに抑え込まれてきた分、一気に開放させられます。
脳は使い方次第であって、私たちの脳は誰もがクリエイティブなのです。
好き勝手にやったら迷惑をかけると思われるかもしれません。しかし他人に迷惑をかける、すなわち他人の権利を奪うことは当然間違いなのです。若年層であれば、自己責任を理解させ、他人の権利を奪わないことを理解させれば大丈夫です。もちろんアスリートであれば、法律というルールを守ることも当然のことですが、正しいゴール設定ができていれば他人の権利を侵害する心配などありません。
また、過度な年配者への配慮は不要です。配慮しすぎるあまり、“公園でボール遊びが禁止になってしまった”のです。未来を作っていく次世代を担う若者を育成していくことは大切な事なのです。先輩や年配者に対して厳しいように聞こえるかもしれませんが、それも違います。年齢や経歴に関わらず、他人は尊重するのです。そのような視野で見ることができれば、公園だって“ボール遊び禁止”以外の解決策が見えてくるのです。
このように指導者には個人を尊重していく指導が必要なのです。それこそが真のプレイヤーファーストということなのです。何度も言いますが、他人を尊重できない人はこれからの時代は完全アウトです。
古い軍隊方式的なヒエラルキーではなく、最新の特殊部隊のようにプレイヤーがいかに心から創造的にプレーできる環境を整えられるかです。それはお金をかけろというのではあません。今できることで精いっぱい整えられれば選手は十分応えてくれるはずです。
ゴールへ向かってチャレンジしている姿を応援する。常識の枠を外れた創造的なプレーを称賛する。そして高い次元で作戦を練り、伝える能力が必要になります。そういった指導がハイブリッド化へつながるのです。
そのためには指導者の真価が問われます。体育会系のような思考停止システム体系であれば、怒鳴り散らしていれば良かったですが、そうはいきません。選手の潜在能力を引き出すことや、目的、ゴールへ興味を持たせる能力も必要になるからです。怒っていいのは、他人を尊重できず、配慮を欠いているときだけです。あぐらをかいていていいわけではないのです。ですが、プレイヤーファーストを思う指導者であれば苦しいことでないはずです。むしろやりがいがある、素晴らしい役割なのです。
次世代型の指導を行っていれば「今よりもっと上の現状の外側のゴールを目指したい」と言われる時が必ず来ます。その時にゴールと現状のギャップを埋めるための知識を持ち合わせ、論理的に説明する能力が必要なのです。この内発的動機付けを生かすも殺すも指導者次第です。
その先には創造的で各々がゴールを達成させるために思考を働かせた輝く選手たちがいます。多くの期待に負けないだけの大きなゴールを持ち、自主的でスポーツ以外のことにも熱意をもって自己責任で行動できる選手たちです。課題を自ら解決する能力を持ち合わせ、スポーツ以外でも多方面で自主的に行動できる人材を育成していくのです。より多くの人を考えられる利他的なゴールを持ち、お互いの価値観を尊重できる人材です。差別という価値観に惑わされることもなくなるはずです。
そしてそれこそが、令和という時代にふさわしく、日本が世界に誇れる魅力となりえるのではないでしょうか。

最後になりますが、未来の社会へ良い影響を与えていくことができる人材を育成していくことが、アスリートマインドデザイナーの指導者が担っていく真の役割なのです。

アスリートマインドデザイナー 齋藤慎治

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