脳の癖:恐怖、幽霊、失敗

【恐怖】闘争か逃走か「Fight or Flight」

人は恐怖によって縛られたりコントロールされたりしてしまうため、「恐怖」は最も注意しなければならない感情です。実際に、他人を操ろうとする人たちは、「欲望」か「恐怖」を煽っています。それが最も単純で簡単だからです。しかし、「恐怖」の原因を辿っていくと、それほど恐れることはないものがほとんどです。

サルとヘビ

「サル」にとって「ヘビ」は天敵です。見ただけで瞬時に逃げ去ります。ですが、サルはゴムホースを見ただけでも、同様に「ヘビだ」と認識して瞬間的に逃げ出します。それがゴムホースであって、「ヘビではないので安全だ」という評価を下す前に誤作動を起こすのです。

通常、視覚情報は脳の後方にある「視覚野」に送られ、記憶との照合や「前頭前野」での判断を経て「それが何であるか」が認識されます。しかし、サルにとってヘビの恐怖は遺伝子レベルでプログラミングされているため、「原因となる出来事を前頭前野が評価する」というプロセスが入らないことが多いのです。そのため、ゴムホースのような「誤作動」を生じてしまうのですが、これは危険に直面しとっさの判断を求められるときには必要なシステムなのです。わざわざ記憶と照合をして「本物」と判断されても、時すでに遅しなのです。

Fight or Flight

山道を歩いていて前方からイノシシが突進してきたとき、私たちは一瞬で「fight or flight」(闘争か逃走か)を判断しなければなりません。「大脳辺縁系」が活性化して、「前頭前野」の働きが抑えられIQが低下します。

「前方からイノシシがどのくらいの速さで近づいてきているか」などと論理的に考えている時間はなく、直感的な判断が得意な「大脳辺縁系」の働きが必要だからです。「大脳辺縁系」が「戦って捕まえたい」と判断すれば、脳内にドーパミン、ノルアドレナリンが分泌され、戦う体制が瞬時に整います。逆に、恐怖を感じ「逃げたい」と判断すれば、逃げるための態勢が整えられます。

現代人には不要な感情

野生生活のような死の危険が伴う環境においては、たとえエラー(誤作動)であったとしても危険を回避するに越したことはありません。ですから、恐怖を感じたら思考を介入させる前に「fight or flight」のような直感的な判断を下すのです。

しかし、現代人にとって恐怖はあまり必要がない感情です。なぜなら、「生命の危機」を感じるような本来の恐怖は克服しているからです。「火」や「水」など遺伝子的に恐怖を組み込まれた情報ですら、扱い方を学んでいるおかげで恐怖を感じなくなっているのです。

これは味覚も同様です。「苦い」、「辛い」などの味覚情報は、毒物を排除するために備わった機能です。しかし今では山葵を食しているように、安全を理解し調味料として利用しているのです。

もしも「恐怖」を感じることがあるとすれば、「本当に恐怖を感じる必要があるのか?」を論理的に捉えてみてください。論理的に捉えることができれば、恐れる必要などないことがわかります。恐怖を克服することは可能なのです。

冷静に落ち着いて思考してみましょう。

幽霊

幽霊を怖がることも同様です。見えるからと言って怖がる必要などなく、逆に見えればラッキーかもしれません。

幽霊とは、「いるけどいない」「いないけどいる」です。どういう意味かというと、本人には見えているということです。臨場感によって、脳が作り出しているのです。

いかにも出そうな廃墟のホテルのトイレに行けば、その臨場感によって脳があたかも幽霊を作り出してしまうのです。点が二つ横に並んでいるだけでも、顔に見えてきてしまうのです。でも、しっかりと見れば単なるシミであって、見えたはずの幽霊はいないのです。錯覚などと同様に、脳は簡単に騙されてしまいます。特に、視線を感じる能力は長けているため、簡単に顔に見えてきてしまうのです。

正体

これは「氣」や「プラーナ」、「オーラ」などと同様で「あるけどない」「ないけどある」です。正体は臨場感によって「脳」が作り出しているのです。対戦相手に「圧力」を感じるのと同様です。目に見えて実在はしないけど感じるわけです。

もしも幽霊が見えるのが嫌な人は、「妖精も探して」あげてください。例えば、昼のあたたかな日差しが当たる心地よい公園のような、あたかも妖精が出そうな場所で見てください。もしも幽霊は見えて妖精が見えないのであれば、不平等で妖精がかわいそうです。逆に、妖精も見えるのであれば、普通の人より得していて少しうらやましいと思います。しかも、映像化の能力に長けているのですから、ビジュアライゼーションの能力が高いと言えるかもしれません。

オカルト

このように、見えるからと言って怖がる必要などないのです。怖い理由はそれに、魂が結びついているからです。怒り悲しみ苦しみなどの感情がストーリーで結びついて、単なる幻想を怖がらせているのではないでしょうか。臨場感によって見える幻想と、「魂が輪廻する」という論理はまったく別の話です。そして「魂が輪廻する」という論理は全くもって科学的根拠がありません。単なるオカルト的なストーリーです。(オカルトに限らず、伝統的な日本仏教系の中でも使われていますが、宗教的な世界観を見せるためのものであって、科学的根拠はありません。)例えば、魂の輪廻に関して、魂の数は増減しないのでしょうか?生命誕生のころに比べれば、明らかに現在の命(魂)の数は増えているでしょう。増減しないのであれば、地球外生命の魂が輪廻していることになります。しかし、前世が「宇宙人だった」など聞いたことありません。ビッグバン以前は?そんなことは想定されていないのです。

別に、魂を否定しているわけではありません。むしろ逆で、「生命力としての魂」は存在します。私の好きな言葉ですが、「一球入魂」のように、生命力を注ぎ込むことがあるでしょう。特にアスリートであれば、その意味は分かっているはずです。「魂を込める」「気合を込める」という感覚です。この「魂」は、生命エネルギーのことであり、輪廻とは全く関係ない概念です。

幽霊は、臨場感が作り出している幻想であって、「怒っている母親の頭に角が見える」のと変わりありません。部屋でくつろいでいたら、「名前を呼ばれたと思って部屋を出たら、呼ばれていなかった」というような幻聴も同様です。もしも怖いのであれば、さらに近づいてじっくり観察してください。実在しません。そして、逆に妖精のようなポジティブなものも探してあげてください。

脳は「成功体験」よりも、「失敗体験」が記憶に残るようになっている

みなさんは、失敗したことはいつまでも覚えているのではないでしょうか?忘れたいのに忘れられない。「次も失敗したらどうしよう」と考えてしまいます。「自分はネガティブな下向きな考えが多い」と思っているかもしれませんが、それはあなただけが特別なことではないのです。そこには、簡単に「恐怖」を感じてしまうのと同様に、「脳の癖」が関係しています。

私たち(生命全て)は、生命維持が最優先

生命全ては、生きながらえることを根本的な欲求としています。そしてその個々の種は、種を保存させることを目的としているのです。その根本的な欲求がない種は、「とっくに絶滅している」ということです。

失敗体験=生命の危機

まだ私たちヒトが野生動物だったころは、危険を冒して狩猟をしなければなりませんでした。失敗は死のリスクを負います。今のような高度な医療がないのですから、少しの怪我でもしようものなら、逃げ遅れる可能性も高まります。怪我に限りません。生命の危機に関する危険を冒したら、次からは同じ失敗をしないようにしなくてはならないのです。

種を保存させるために遺伝子レベルで書き込まれた「恐怖」とは別に、「失敗体験を記憶させる」ことは個体を生きながらえさせるために備わった当然の能力なのです。二度と同じ危険に合わせないように、「失敗体験」は必然的に重要性が高いのです。

成功体験は記憶に残らない

それに比べ「成功体験」は記憶に残りにくいのです。私たちは凄い結果を残したとしても「失敗体験」の方が残りやすく、ネガティブ思考になりがちなのです。これは動物が持っている脳の癖であり、心配する必要など何もないのです。逆の言い方をすると、脳は「成功体験」を過小評価してしまう癖があるのです。

「成功体験」をしっかりと評価する

自分で決めたことの小さな成功に対して、しっかりとエフィカシーを上げて高い自己評価をしてください。自信家でいいのです。「俺はすごい」「私はすごい」が正しいのです。セルフトークをコントロールして、エフィカシーを上げてください。エフィカシーは、自己評価なので他人の評価は一切関係ありません。根拠不要でどんどん上げていいのです。

生存権

現代人は、生命に直接危機を与えるような恐怖などほとんどなく、恐怖を感じる必要はないのです。それよりも挑戦によって得られるリターンの方が大きいと言えるのです。現代日本において生命の危機を心配する必要はありません。極端な話をすれば、日本人であれば、日本国憲法によって「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保証されているのです。

今の生活を捨ててまで挑戦することに対する恐怖は、辿り着くところは「失敗したら明日の食べるものに困る」と考えてしまうことです。しかし、日本国憲法によって保障されているのです。ただ、そのセーフティーネットを使うことに社会的価値基準を当てはめてためらってしまうだけです。単なる前世代的な価値観です。超福祉国家である我が国日本では「衣食住」に関する恐怖は克服されているのです。

生存権が最も重要であって、社会的な価値基準なんて到底及びません。セーフティーネットは機能していますし、友人や親族を頼ってもいいのです。失敗しても生命まで失うリスクなどないのですから安心してください。

ホメオスタシス(恒常性維持機能)の力

きっと、挑戦する人生の方が楽しいし、セーフティーネットも含めてそういう時代になっていると感じている人はたくさんいます。しかし、行動できないのは、当然の力が働いているのです。それがホメオスタシスです。

ホメオスタシスとは、内部環境を一定の状態に保ち続けようとする働き、機能のこと。超強力に働く。絶対に一定に保とうとする。サーモスタットの働きと同じ。生命の根本的欲求。例としては、「(汗をかいたり、毛穴を引き締めたりして)体温を一定に保つ」、「お腹がすいたら食事を取る」、「自分の部屋が落ち着く」など。

生命を維持をするには、現状を維持し続けることが最も安全なことです。先にも書いた通り、何が起こるかわからない現状の外側は、生命の危機を高めます。ですから、できることならば安全な現状を維持することが個体にとっては望ましいのです。そのための強力なホメオスタシスが、現状を維持させるために働いているのです。

何かと言い訳を作って「行動しないため」の理由を作るし(創造的回避)、はじめてセミナーを受けに行けばドキドキします。ホメオスタシスは、身体をコントロールしている脳の働きによる体温維持から、呼吸から自分の環境、セルフイメージなどの情報空間にまで広がって、内部環境を一定の状態に保っているのです。

もしも現状打破したいのであれば、正しくゴール設定(現状の外側へ)をしてみてください。