マインド(脳と心)の使い方

ここではコーチングを実践していく上での正しいマインド(脳と心)の使い方と苫米地式コーチングの知識を紹介しています。世の中の見え方が変わり、エネルギーが上がり未来志向になるでしょう。


目次

【ドリームキラー】ゴールはコーチ以外には誰にも言わないのが正解

【エフィカシー】ゴール達成していく上で最も重要なこと

【過去は一切関係ない】時間は未来から過去へ流れている

【抽象度】世の中の見え方が変わる

【縁起】縁起のコントロールでチャンスが次々に訪れる

 


 

ドリームキラーに気を付ける

ドリームキラー

これまでにすでに何度も出てきていますが、コーチングでは夢やゴールや目標など、他人の未来を潰す人のことをドリームキラーと言います。読んで字のごとく、「夢を潰す人」のことです。

コーチングを実践していく上で、ドリームキラーに出くわさないことが理想です。しかし、ドリームキラーは無意識が生み出しているので防ぐのが困難です。

人の無意識が、あなたの高いコンフォートゾーンを蔑む

ゴールを設定し未来志向になった人は輝いて見えます。自らの意志でゴールを設定し自らの人生を歩むのですから、他人からは「高いコンフォートゾーン」に見えるのです。しかし同時に「高いコンフォートゾーン」がドリームキラーを生んでしまうのです。

これには、【ホメオスタシスとコンフォートゾーン】が関係しています。「高いコンフォートゾーン」が、他人のコンフォートゾーンを不快にしてしまうのです。その不快(乱されたコンフォートゾーン)を輝く人を引きずり落とすことで、コンフォートゾーンを保とうとするのです。それがドリームキラーのカラクリです。そしてその力は、無意識のホメオスタシスなので、超強力に働きます。

芸能人をゴシップネタで、ボロボロにどこまでも蔑む人の心理はこのカラクリです。その行動は周りからはヒステリックに見えますが、本人は次から次に蔑む言動がクリエイティブに発現しているのです。そうやって雲の上の存在の芸能人を蔑むことで自身のコンフォートゾーンを満たしているのです。

このような人たちは明らかにコンフォートゾーンが低い人です。しかし、ドリームキラーはコンフォートゾーンが低い人だけがなるわけではありません。

例えば、尊敬している先輩のような存在でも、成績が逆転したとたんにドリームキラー化することがあります。これは、今までの先輩後輩という上下のコンフォートゾーンが逆転することで、元のコンフォートゾーンに戻そうとホメオスタシスが働くためです。逆転されても先輩自身がさらに上を目指して追い抜けばコンフォートゾーンを維持することができますが、それよりも相手を蔑む方が楽なのです。

このようにドリームキラーとはコンフォートゾーンのカラクリによって生み出され、防ぐのは困難です。

善意のドリームキラー

そしてさらに残念なことに、ドリームキラーはコンフォートゾーンのカラクリで発生するだけでなく、親や兄弟、学校の先生など身近な存在に発生します。「あなたのために」という善意のドリームキラーです。ドリームキラー自身の価値観や社会の価値基準、常識などで、ゴールを阻むのです。

本当はプロアスリートになりたいのに、「そんなので一生食べていけない」「苦労するよ」「あなたのために言ってる」などは、典型的な善意のドリームキラーです。無限の可能性が広がっているのに、あたかも自分の価値観が絶対かのように押し込めてしまうのです。

一番のドリームキラー対策

このように強力に働くドリームキラーから、あなたのゴールを守らなくてはいけません。ドリームキラーに目を付けられたら、とことん攻撃をされてしまいます。

最も効果的で一番簡単なドリームキラー対策は「ゴールを誰にも言わない」ことです。信頼できると思える人でさえも、言わないことです。それがあなたのゴールをドリームキラーから守るのです。

有言実行?!

「有言実行」、ゴールは言った方がいいという意見がありますが明らかに誤りです。ゴールを公言して成功している人もいますが、一握りです。しかも、そういう人にはメンタルを支えているコーチ的な存在がいるものです。逆に公言することで、ドリームキラーに潰されてしまっている人がどれだけいるのか想像するのは難くないはずです。

そもそも、「有言実行」が評価されるのは、会社や組織などで立てる目標に対してです。それは個人のゴールではなく、会社や組織の利益のためであり、そのための「有言実行」だから評価されるだけなのです。

唯一ゴールを言っていい存在

あなたのゴールを言っていい存在がコーチです。あなたの専属のコーチにだけゴールを伝えましょう。プロのコーチはドリームキラーにならないように訓練をしています。

【エフィカシー】ゴール達成していく上で最も重要なこと

コーチングを実践していく上で一番重要になるマインドの概念がエフィカシーです。エフィカシーが高ければどんなことでも前向きにゴール側のコンフォートゾーンへエネルギーが働きます。無理難題と思うような大きな壁にぶち当たってもエフィカシーが高ければ「必ず乗り越えてやる」という強いエネルギーが生まれるのです。

エフィカシーとは

エフィカシーとは、「ゴールを達成させる自己能力の自己評価」のことです。「自分なら(ゴール達成が)できる」という評価です。「(自分が設定した)ゴールを達成させる能力の自己評価」です。概念として捉えてください。

ポイントは自己評価なので他人の評価は関係ないこと。そして、自己評価なのでどんどん上げていいこと。そしてその際に根拠は不要だということです。

他人の評価は受け入れなくてよい

あなたのことを一番理解しているのは親でもパートナーでもありません。あなた自身です。ですから外からの他人の評価は一切受け入れる必要はないのです。エフィカシーは自己評価です。他人の評価は一切関係ありません。

もしもあなたを酷評する人がいたら「あっ、そう?だから何?」と受け入れる必要はありません。逆に褒められたら素直に「ありがとう」と受け入れてください。

21世紀は個が尊重される時代です。生まれながらに職業が決められている時代ではありません。文明が発達していくということは、個が尊重されていくのです。

自己責任を伴いますが、あなたは「やりたいこと」をやっていいのです。ということは他の人が「やりたいこと」をやっている状況をあなたは当然認めているはずです。「自分はいいけど他はダメ」なんて不平等は成り立ちませんから、「あなたもどうぞ」となるはずなのです。

個が尊重されるということは、「他の価値観を認めてお互いを尊重し合う」ということなのです。これは、差別のないアスリートマインドの考えにもなります。尊重されることはあっても、他人から評価される必要はなく、他人の評価を受け入れる必要などないのです。

プロ活動をしていれば評価されることは当然ですが、それだけ多くの人へ影響を与えられる縁起人になれているのだとエフィカシーを上げてください。

私たちは自分自身を過小評価している

失敗したことをいつまでも忘れられずにいたりしませんか?きっと頭では「そんなこと早く忘れて前を向きたい」と思っているはずです。そして、「なんで自分はこんなことに拘ってしまうのだろう」と自己評価を落としてしまったりします。ですが、これはあなただけが特別なのではありません。

私たちは成功体験よりも失敗体験の方が記憶に残りやすく、そのため自分自身を過小評価してしまうのです。なぜなら、生物は生命維持が最優先だからです。そのため、失敗事を重んじます。

現代では感じにくいですが、野生生活をしていれば「失敗」は「死」のリスクがとても高いからです。「毒草」を食べて死にかけたら、次からはその「毒草」には危険を感じて慎重にならなくてはなりません。ですから、記憶に残すのです。このように、「生命の危険を冒すようなこと」=「失敗体験」は次からは同じ失敗をさせないために記憶に残りやすいのです。

ですから、成功体験より失敗体験の方が記憶に残るようになっているのです。しかし、現代では「失敗」による「死」のリスクなんてほとんど関係ありません。特にゴールを目指す行動に「死」なんて関係ないのです。恐れる必要はありません。このように、「失敗体験」と「成功体験」が同じだけあったとしても「失敗体験」が記憶に残り、「成功体験」は過小評価されてしまうのは当然で、無意識に私たちは自分自身を過小評価しているのです。

「成功体験」をしっかりと評価してください。あなたはすでに数々の成功を成し遂げている素晴らしい人なのです。厳しい判断はいりません。少しの良いところでも自分自身を褒め、「自分は凄い!」と感じてください。あなたはとても価値のある人なのです。

エフィカシーは根拠不要

自分自身が本気で信じてる道を進んでいいのです。根拠なんて不要です。あなたが本気で信じて進んだ軌跡が、後々に他人からは結果論として証明されるのです。

歴史に名を遺す偉人の多くが、当時は変人扱いをされました。本人はいたって真面目に本気で自分の進む道を進んでいたのです。当時としては考えも行動も非常識に取られ、周りからはまったくのでたらめに見えて酷評されていたのです。それでも自分だけが信じる「正しいこと」「やりたいこと」という信念や確信だけで突き進んだのです。

どの時代でもその時の常識では理解できないものが、後になって認められるのです。あなたが「正しい」「やりたい」と思ったのであればそれで良く、根拠なんて一切不要なのです。

少し回りくどくなりましたが、あなたがやりたいことをやるのに常識や社会基準を当てはめることはそもそも不要であり、他人からの評価も不要です。あなたが心から「正しいこと」「やりたいこと」だと信じているだけでそれ以上の根拠は不要なのです。

ですからゴールのための行動の評価=「エフィカシー」は根拠不要でどんどん大きくしていいのです。

トップアスリートのエフィカシー

どの分野でもトップを行く人は皆エフィカシーが高いです。エフィカシーは概念なので、「自己評価が高い」と言うだけでは、いまいちわかりにくいと思います。エフィカシーが高い人の考えや行動について見ていきましょう。

有名な話ですが、タイガーウッズがプレーオフで相手が外せば優勝が決まる場面で、相手が短いパットを外した際に「残念がった」という話があります。これは、タイガーウッズにとって優勝という抽象度のゴールが目的ではなく、ライバルの相手と限界まで、もっともっと高みを目指して戦い続けたかったためです。それが、パットを外されて終わってしまったため、「私を脅かすほどのライバルは、こんなところで外すはずがない」と残念がったのです。

このようにエフィカシーが高い人というのは、とことん高みのゴールを目指しており、さらに自分を上げさせてくれる存在があれば、喜んで受け入れるのです。

タイガーウッズと言えば言わずもがなのアスリートですが、不祥事やスランプが続き、「もう終わった」とまで言われましたが、その後完熟身を上げて大復活をしたアスリートでもあります。どんなに落ちこぼれようが、「レジェンド(自分らしさ)のため」に壁を乗り越えるエネルギーマインドがエフィカシーです。余談ですが、父親がコーチングの技術を使って育てたことは有名です。

このように、エフィカシーが高い人は、無理難題や強敵やライバルがあらわれても、臆することなく自分自身の限界を高めていきます。他人を蔑むようなことはなく、更に高みを目指していきます。相手のミスで転がり込んできた勝利で喜ぶことはないのです。これがエフィカシーが高い人の考え方や行動です。

逆にエフィカシーが低い人といると、あなたのエフィカシーを下げられてしまいます。日ごろからネガティブな発言も多いですが、あなたがやる気を出せば出すほど「そこまでやっても無意味でしょ」などのように言って蔑んできます。

また、極論では対戦相手のエースを潰してでも勝利が大事という考え方をしていたチーム監督もいましたが、現代スポーツでそれを行ったら即アウトです。そのような行動はゴールの抽象度とエフィカシーが極めて低く、相手を尊重できていないのです。しっかりと相手のエフィカシーやコンフォートゾーンを見極めてあなた自身を防衛してください。

エフィカシーは体感

エフィカシーを上げるのはフィカシーの高い人といることが一番です。ぜひそのような人と一緒に場を共有してエフィカシーを体感してみてください。ただし、注意も必要です。エフィカシーが高いと思っていた人でも、あなたのコンフォートゾーンが上がってくると無意識に蔑むドリームキラーに変化する可能性があります。

プロのコーチはドリームキラー化しない訓練をしていますので、コーチングで体感してみてください。

トライアルコーチングの詳細はこちらをどうぞトライアルコーチング

【過去は一切関係ない】時間は未来から過去へ流れている

現在は過去の積み重ねではない

私たちは学歴社会に慣れてしまって、学歴が現在の自分の生活の良し悪しを決めてしまっていると錯覚してしまいがちです。それによって、「あのときもっと勉強しておけば」のように後悔をしたりします。学歴だけに限りませんが、「過去の積み重ねが現在を作り、その延長線上に未来がある」と考えてしまうのです。

しかし、そんなことはありません。時間は「未来から過去へ」流れているのです。

時間を川の流れと捉えてみる

時間を川の流れと捉えてみてください。私たちは時間という川の流れの中にいるのです。そうすると「これから訪れる未来が上流、離れていく過去が下流」とすることができるのです。

このように捉えると、時間は川の流れ同様に「未来から過去へ」流れていくのがわかります。過ぎ去った時間は下流へ下流へとどんどん離れていくのです。逆に上流からは新たな時間が次々とにあなたへ向かって流れ込んできます。

川の中から出て移動すれば上流下流へ行けるかもしれませんが、時間の流れの中ではタイムマシンに乗って移動するようなものです。ですから時間の流れを移動することはできないのです。

過去思考の人はチャンスを掴めない

過去思考の人は時間という川の流れの中で、下流ばかりを見続けているのです。チャンスに気付くのは通り過ぎた後です。通り過ぎた後に必死になりますが、離れていくばかりなのです。

過去志向のスパイラルに陥って過去ばかりを見ていると、どんなに大きなチャンスがきていても気づくのは通り過ぎた後になってしまうのです。

未来志向の人は上流(未来)を見ている

対して未来志向の人は、上流を見ています。次々ととてつもない量の情報が訪れています。チャンスに気づくことができれば、それを受け取るための準備を整えることができるのです。

ゴール設定することで【RASとスコトーマの関係】によって、膨大な情報の中から「ゴール達成の方法」が見えるようになるのです。

現状では達成させることが無理だったとしても準備ができます。例えば10年後に「チャンスを受け取ることができる(ゴールを達成させられる)自分になる」ように準備をしておくことができるのです。それが現状の外側への変化、進化です。そしてそのために必要なこともRASが働いて見えてくるのです。

未来から流れてくるチャンスはみな平等です。スコトーマが外れればそれに気づけるのです。

過去は一切関係ない

苫米地式コーチングでは過去は一切関係ありません。過去の事象が未来の事象へ影響を与えることはないのです。出身、性別、年齢、学歴その他諸々、過去の経歴は一切気にしません。私たちの未来はそれによって縛られないのです。

興味があるのはクライアントの未来なのです。

もしもスキルが必要ならこれから取りに行けばいいだけ

もしもゴール達成に必要なスキルがあるなら、これから取りに行けばいいのです。過去の学歴など関係ないのです。必要なのは学歴ではなく、スキル、知識、経験です。知識はとても重要です。

「あのときもっと勉強しておけばよかった」と感じるのは、きっと重要性評価関数が変わったからでしょう。もしも本当にゴール達成に必要なのであれば今から勉強すればいいのです。必要なのは知識であり、成績という他人からの評価ではないのです。

【抽象度】世の中の見え方が変わる

抽象度

思考は、とても大切なことです。意志は行動力の源ですが、「誰かが言っているから」、「誰かがやっているから」のように、他人任せでは真のあなたの意志にはなりません。ですから、自分自身の力で思考するのです。自ら思考することは、人間らしい前頭前野を働かせることになります。

ですが、ただ働かせるだけでは、間違った方向へ行きかねません。堂々巡りも起きてしまいます。いくら創造的でも、破壊的なゴールを設定しては破滅へ向かってしまいます。一部だけの利益を追求してしまえば、壁を作って争いを増長しかねません。

「抽象度」や「縁起」を知ることで、正しい考え方ができるようになります。「ゴール」はやりたいことですが、「自分一人よりも多くの人」が利益になるゴールを設定できるようになるのです。

苫米地式コーチングでは「抽象度」という言葉をよく使います。これは「level of abstraction」という分析哲学の用語を苫米地博士が日本語で造語した言葉です。学術的に定義された言葉になります。

「level of abstraction」を直訳すると「抽象次元」と訳せます。
・Level of ~:~の段階、水準、程度、レベル
・abstraction:抽象、抽象概念
意味合い的には抽象具合といった感じです。「抽象」の逆の意味は「具象、具体」です。「抽象的」の逆の意味は「具体的」となります。

まず、抽象度とは、情報量の大小で並び替えたものです。それだけではわかりにくいので例を挙げてみます。「イヌ」と「ネコ」がいたとき、「イヌ」と「ネコ」の抽象度を上げると、「哺乳類」さらに上げると「動物」と上げていくことが可能です。逆に「犬」の抽象度を下げると、「ポメラニアン」や「柴犬」などの犬種、さらには「(どこかで飼われている)ハチ」など一匹の犬まで具体的にすることができます。情報量で並び替えたとき、抽象度の低い方が情報量が多くなります。

飼い犬の「ハチ」の場合、犬種は柴犬で飼い主は横浜市の男性で、4歳でオスで、好きな食べ物は・・・と情報がとても多くなります。

逆に抽象度を上げていき、「犬」とした場合、「四本足で歩きワンと鳴く」のように情報量は少なくなります。ただし、情報量は減りますが、包摂している情報は「柴犬」などの犬種も含みますし、「飼い犬のハチ」も含んでいるのです。更には、地球の裏側で飼われている「イヌ」も、ペット以外の「野良犬」も、漫画の中に出てくるような仮想空間の「イヌ」も含まれます。含まれている情報はとても膨大な量になるのです。抽象度が高くなると、表現する情報は減りますが、その中に包摂している情報は膨大になっていくのです。

ですから「抽象度」とは、抽象度が下がると情報量が増え抽象度が上がると情報量が減っていくのです。そして、抽象度が上がっていくほど、情報量は減りますが、包摂している情報は膨大になっていきます。それが「抽象度:level of abstraction」です。

ピラミッド型の階層性、ディレクトリなどを想像すると理解しやすいかもしれません。注意していただきたいのは概念だということです。ですから、生物学的に細かい分類を気にすることはありません。

「木を見て森を見ず」と言いますが、「木」よりも「森」のほうが抽象度が高いと解釈することができます。「森」には「いろいろな種類の草木」を包摂しているのです。一本の「木」ばかりに捕らわれているのではなく全体を見渡せという意味です。これを「抽象度」という言葉を使えば、「抽象度を上げる」と表現できるのです。その結果として、視点の高さを上げて俯瞰すると、多くのことを見渡せるようになるのです。

全ては「空」

全ての物事は抽象度を上げると「有」と「無」になります。その「有」と「無」のさらに上の上位概念を「空(くう)」と言います。最も情報量が少ない状態のことを「空」といいます。「空」は世の中の全てを包摂しているのです。

情報が多すぎることを「矛盾」という

情報が多すぎると今度は「矛盾」になります。例えば、「犬」を「四本足で歩き、ワンと鳴く動物」と定義した場合、「イヌなのに、ニャーと鳴く」動物はいません。このようにひとつ情報が多すぎる状態を「矛盾」と言うのです。矛盾が生じている状態とは、抽象度が下がり、情報が多すぎる状態になっているのです。

抽象度を上げると物事を俯瞰できるようになる

このように「抽象度」を理解すると、物事を俯瞰することが可能となります。何かに行き詰ったり、新しいアイデアを考えなければならない時、抽象度の上げ下げをしてみてください。また、矛盾が感じられるときは、なにか別の情報が入り込んでいる可能性があります。

蟻の視点からは、私たち人間の動きは把握できません。逆に私たち人間の視点からは、蟻の行列を整合的に捉えることができるのです。

私たちの行動は私たちの視点からでは把握しきれません。ですがさらに視点を上げて高層ビルの上層から見れば、人の行動も車の動きも整合的に見ることができるのです。

ゴールの抽象度を上げる

苫米地式コーチングにおいてゴールの抽象度を上げるということは、より「多くの人の利益になること」となります。

ゴールを自分だけの利益から、パートナー、更には家族へと上げてみましょう。それを上げていくと「あなたに関わる人」というように抽象度が上がっていきます。更に上げていけば、その先の知人やそのまた先の知人へと広がっていきます。とことん上げていくと、同じ国の国民だけでなく、「世界中の全ての人の利益になるゴールも設定可能」となるのです。

利益とはお金だけのことではありません。「戦争や差別をなくす」ことや、「貧富の差をなくす」なども多くの人の利益です。あなたの抽象度の高い意志を後世に残していくこともゴール設定なのです。

アスリートであれば、あなたが活躍することで勇気を与えることも利益ですし、ライバルが刺激を受けてさらに高みへ行けることも利益なのです。より多くの人を喜ばせられるよなゴールをイメージしてみてください。

そして、是非一つくらいは、とことん抽象度の高いゴールを設定してみてください。

抽象度を上げ下げする

抽象度は低いから悪いわけではありません。上げ下げすることが重要です。

目の前の問題解決のために多角的な視点が必要ですが、同じ抽象度では新たな解決策は見つかりません。Aさん、Bさん、Cさんの悩みを解決するときにそれぞれの立場になって考えることは重要ですが、それだけでは新たな解決策は見いだせないのです。解決するはずが逆に、だれか一人にだけ偏ってしまい、新たな問題を作ってしまいがちです。そうではなく、抽象度を上げることで、AさんもBさんもCさんも満足する解決策を探すのです。その視点が抽象度を上げることです。

このように、抽象度の上げ下げをすることで、堂々巡りを終わらせて新たな視点が見えるようになってくるのです。抽象度を意識し、視点の高さをコントロールしてみてください。

【縁起】縁起のコントロールでチャンスが次々に訪れる

縁起とは

「あなたは、誰ですか?」と質問されたらどう答えますか。「私は私、僕は僕、俺は俺・・・」と言うかもしれませんが、それであなた自身を説明したことにはなりません。「両親は〇〇で」、「兄弟がいて」、「○○に住んでいて」、「職業は〇〇で・・・」のように何かとの関係性で説明をすると思います。

このように、あなた自身を定義するには何かとの関係性でしか現せないのです。これは人に限ったことではありません。目の前のスマートフォンや着ている服も同様です。「○○製の」、「○○が所有の」などのように、何かとの関係性で表現されるのです。

全ての物事は他との関係性で成り立っています。個、単体として、完全にそれだけで存在することはできないのです。

私自身を定義しようとすると、「日本の神奈川県在住のコーチをしていて・・・」など示すことはできますが、完全に単独で”これ”というふうに指定することは不可能なのです。例え指差したとしても、その時点で指先との関係性が生まれます。

このように、全ての物事は他との関わり合いで存在しているのです。それを縁起というのです。存在は他との縁によって起きているのです。

存在を3次元空間に表せば「点」であり、網の目のように他の物事と係わり合っているのです。この世の中には他とのかかわりなく一つとして存在する絶対的な物事(アプリオリ)はないのです。

「n×n…」

では、この縁起を私たちの生活の視点に変えてみましょう。そうすると社会生活とは、人とのつながりで成り立っていることがわかります。家族は誰で、先輩は…パートナーは…友達は…、このように人一人には、様々な縁起が繋がっていることがわかります。どんな人でも、他者と縁起がつながっているのです。

ですから、「一人」と繋がるとその先には「n人」と繋がっているのです。更にその先の、その先の・・・、と繋がっていくと「n×n…」=nのn乗となり、あっという間に膨大な人数になることがわかります。どんなに知り合いが少ない人でも、何人かを介したら、世界中の人々とつながってしまうのです。

ゴール側で繋がる縁起

私はサーフィンをはじめてもうすぐ20年くらいになりますが、最近、地元の同級生サーファーと繋がるようになってきました。中学校を卒業してからは一切連絡を取っていなかったのですが、たまたま海でばったり出会い今では時々一緒にサーフセッションをしています。このように一度切れてもゴール側で繋がる縁起もあるのです。

コンフォートゾーンは縁起の塊です。ゴールへ向かって行動していくと、更に次々とゴール側の人と繋がっていくのです。あなたがゴールを目指せば、コンフォートゾーンが移行することで人との縁起が変わるのです。新たにゴール側の縁起ができていくのです。

「現状」という、「ぬるま湯」「井の中の蛙」状態で群れているのは楽です。ですが本気でゴールを目指すのであれば「井の中」から大河に向かうことです。ゴールという現状の外側の大河へ向かえば、切れて薄れていく縁起がありますが、それ以上に新たなにつながる縁起が沢山あるのです。

切れてしまうことを寂しがる必要はありません。あなたがの行動により刺激を受ける人も出てきます。そうすればまた、ゴール側で繋がることができるのです。人との縁起をコントロールしてみてください。あなたが鏡となり行動することでゴール側の縁起はどんどん繋がってくるのです。

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